2012年12月

皆様それぞれに忙しい時間をお過ごしのことと思いますが、ちょっとした挨
拶の中に「よいお年を」「来年もよろしくお願いします」といったフレーズが
入るようになり、年の暮れを実感させます。

 東京が江戸と呼ばれていた頃の商売は掛売りが主流で、代金の回収は「盆暮
れ」に集中します。振り込みやクレジット決済などなかった昔は、代金の回収
あるいはお金の工面やらでこの時期のあわただしさは尋常ではなく、「師走」
という月名にもそのような雰囲気がにじんでいます。

 今年も様々なことがありましたが、その1年もいよいよ年の瀬です。

 「瀬」とは川が浅く流れが急なところを指していますが、一年のうちでもこ
の時期は急き立てられるように時間が経過することから「年の瀬」と言います。

 昔の人にとって、何かと忙しい年の暮れを乗り越えることは、急流を舟で越
すような感覚に近かったのかもしれません。

 宝井其角と赤穂浪士の大高源吾が交わした次のような歌があります。年の瀬
を越したその船は、きっと宝船に相違ありません。

 「年の瀬や 川の流れと 人の身は あした待たるる その宝船」

 真っ黄色の皮を踏んでひっくり返るシーンは、映画やマンガの定番ギャグ。でも、本当にバナナの皮で滑って転ぶ人はいるのだろうか。
 ディスカバリーチャンネルの人気番組「怪しい伝説」は、各種の都市伝説や映画のエピソードが現実にありうるのかを、力ずくの実験で解明するもの。そのホスト役を務めるハリウッドの特殊効果マン、アダムとジェイミーが、この「バナナの皮」伝説に目をつけた。
 まずは、実際にバナナの皮を踏んでみる実験だ。頭や手足をプロテクターでカバーし、「うっかり踏みつける」条件に近づけるために目隠しをしたジェイミーが、滑る内側を下に置いたバナナの皮に向かって歩いていく。
 ところが予想に反し、バナナを踏んでもジェイミーは転ばなかった。「皮を踏んだのはわかったが、どうということはなかったね」。皮を10枚に増やしても、その上を走って駆け抜けても、結果はあまり変わらなかった。
 バナナの皮に摩擦を減らす効果があること自体は、科学的にも証明されている。摩擦や潤滑を研究する「日本トライボロジー学会」で発表された「バナナの皮の潤滑効果」という論文では、オフィスやショッピングセンターなどで使われている普通の床材と、革靴の底の間にバナナの皮をおくと、摩擦係数が最大で約8分の1になるという実験結果が報告されている。
 バナナの皮の内側は、繊維質のすき間を水分と多量の糖類が満たした構造になっており、踏みつけるなどして繊維質が潰れると、この糖類がぬるぬると流れ出して潤滑剤の役割を果たすらしい。
 問題は、バナナの皮が潤滑剤としてどのくらいの性能を持つかだ。アダムとジェイミーは、止まった状態の靴底に働く静止摩擦、滑り動く靴底にかかる動摩擦の両方について、バナナの皮と産業用の潤滑油を用いた比較実験を行った。
 その結果、「バナナの皮は滑ることは滑るが、潤滑油ほどではない」ことが証明されてしまった。
 バナナの皮のギャグを愛する人は、がっかりしたかもしれない。だが、心配には及ばない。床材を敷いた特設リンクを大量のバナナの皮で埋め尽くした実験では、アダムもジェイミーも派手な転倒を繰り返した。
 靴底の一部だけでなく全体が皮に乗ったこと、しかも両足がずるずる滑ったことが「実験成功」の理由だろう。
 結論。バナナの皮で人は転ぶ。ただし、十分な量の皮があれば、だ。

そろそろ年末の大掃除やお正月用の買い出しなどで慌ただしさが増す時期で、
大晦日の年越し蕎麦で諸事合わせてようやくお正月を迎える準備が整うような
気がします。

 大晦日に食べる蕎麦については、晦日蕎麦、年越し蕎麦、つごもり蕎麦など
言い方は様々ですが、由来にもいくつかあるようです。一つは、その昔、ある
お寺が、貧しくて年の越せない人々に蕎麦がき(蕎麦粉を熱湯でこねたもの)
をふるまったところ、翌年から皆に運が向いてきたことから、「運そば」とし
て広まったというもの。または、もともと商家では、つごもり、つまり月末に
蕎麦を食べる習慣があり、それが元になったとする説等々。

 金細工の職人が金粉を集めるのに、練った蕎麦粉を使っていたことから、蕎
麦は金を集める縁起物として食され、またはその形状から細く長く達者に暮ら
せるように願ったとの話や、蕎麦は切れやすいことから、その年の苦労を切り
捨て翌年に持ち越さないよう願ったという話もあります。

 縁起の良さもさることながら、この時期は、忘年会等で疲れ気味の胃腸を整
え新陳代謝を高める効用も見逃せません。

 痩せ地でも実を結ぶ蕎麦は、雨や風にも強い植物です。風に寝かされても、
雨に打たれても翌日には起き直ります。このことから捲土重来(けんどちょう
らい)を期す食べ物とも言われています。

 縁起話をもう少し。正月飾りの門松。松は長寿を、竹は発展を願い、「松は
千歳を契り、竹は万代を契る」との諺もあります。さらに縁起を担ぐ場合は、
風雪に耐え、百花に先がけ花開く梅花を、ワラなどでかたどり添えます。

 お正月のお節(おせち)。来客の度に台所に立たなくてもいいように、日持
ちのよい料理を重箱に詰めたお節料理も縁起の良い食材でいっぱいです。マメ
(健康)に暮らせるようにと黒豆を、子孫を増やし家が繁栄するようにと数の
子を、喜ぶことが多いようにと昆布巻きを、腰が曲がるまで長生きしたいとの
願いで海老を、金運を呼ぶ栗きんとん(金団)、遠くまで見通せるレンコンな
どなど。

 また、赤い実の南天も、福寿草の花とセットで「難を転じて福となす」とい
う縁起物として正月飾りに用いられます。

 単なる縁起担ぎと笑う人もいるかもしれませんが、大事なのは形ではなく、
そこに込められた気持ちです。

 年の瀬が迫り、お正月準備を含めて何かとお忙しいことと存じます。日本人
にとりましてお正月は特別なものです。その証拠に、この時期にしか聞かない
言葉が数多くあります。そのお正月にまつわる様々な言葉と、それが表すしき
たりに込められた「心」を理解できれば、新年の行事がより清々しく感じられ
るます。

 「注連縄」と書いて「しめなわ」と読みますが、これもお正月に年神様を迎
える準備の一つです。神聖な場所と下界を分ける役割を持つ縄で、自分の家が
年神様を迎えるにふさわしい、清められた所であることを示すものです。

 かつては年末に家庭で新しく注連縄を作り、家長が神棚のある座敷や井戸、
蔵など家の中でも特に大切な場所に張り巡らせる習慣がありました。現在は簡
略化され、注連縄と同じ効果があるという輪飾りや、注連飾り(しめかざり)
を玄関などに飾るようになりました。

 注連飾りは、小さな注連縄に長寿を願う植物の裏白(うらじろ:正月のお飾
りに使われるシダで、表面は緑色ですが、裏面は白。裏を返しても色が白いこ
とから、心に裏が無い、清廉潔白を願い、また白髪になるまでの長寿を願いま
す)や、後の世代まで「福を譲る」という意味のゆずり葉、家が「代々栄える
」よう願いを込めたダイダイなどをあしらったものがよく使われています。

 12月中旬から28日までに飾り終えるのが習わしですが、28日に間に合
わなかった場合は、29日を避けて30日に飾るのも大丈夫だそうです。

 中華料理屋に入りますと「福」の字を逆さまに掛けてあるのをよく見かけま
す。

 幸福を意味する「福」を逆さまにしたら幸福が遠のきそうですが、もともと
は「福運」という意味を持つ「福」の字を倒して(逆さにして)「倒福」、こ
の発音は「到福(福が到る)」と同じ発音であることから、逆さまの「福」に
「幸せに暮らせますように」「素晴らしい未来が到来しまうように」との願い
が込められているそうです。

 ところで、子丑寅卯辰巳午・・・と続く十二支は、古代中国において天空を
十二の方角に分け、それぞれに記号として動物の名前をあてたことが起源とさ
れていますが、有名なのは下記の民話です。

 ある年の暮れ、神様は動物たちに言いました。

「元旦に新年のあいさつに来なさい。早いものから順に十二番まで一年間ずつ
 その年の大将にしてあげよう。」

 足の遅い牛は大晦日のまだ暗いうちから出発。それを見ていたネズミは牛の
背中に飛び乗ります。そうとは知らない牛はゆっくりながらも御殿を目指し歩
きました。

 牛は神様の御殿の前に最も早く到着しましたが、門が開くと同時に牛の背中
に乗っていたネズミがぴょんと飛び降りて門をくぐり、一番乗りで神様に挨拶
をしました。だから、ネズミ(子)が十二支の最初になったそうです。

 ちなみに、鶏が犬と猿の間にいるのは、仲の悪い両者の仲裁をしていたから。
また、猫が入らなかったのは、ネズミが猫に「挨拶は二日の朝」と嘘を伝えた
からで、一日遅れで着いた猫は、神様に「寝ぼけていないで、顔を洗ってきな
さい」と言われ、それ以来、猫はしきりに顔を洗うようになり、騙したネズミ
を追いかけるようになったそうです。

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